とある休日の公園で、一組の親子を見かけました。男の子が水たまりを見ると、すかさずお母さんが「水たまりに入ると濡れちゃうからね」と声を掛けます。しかし男の子は目を輝かせて水たまりに突進していきます。お母さんは内心「やめて!」と叫んでいたと思いますが、「濡れちゃったね。でもバシャバシャすると面白いね」と声をかけていました。結局水に靴は濡れ、砂まみれになってしまいました。「これじゃあ明日は靴履けないね。お母さんの靴も砂だらけになっちゃったから、帰ったら一緒に洗おうか」と、子どもを車に誘導し、「濡れたままだと気持ち悪いから靴と靴下脱いじゃおうか」と言い、結局最後まで一言も否定的な言葉を使わず、自分の感情をぶつけることなく、さっそうと帰って行かれました。
人は自分が困ると、否定的な言葉を使いたくなってしまいますが、このお母さんは頭の中で困らない出来事に変換していたように見えました。例えば靴は汚れたら洗えば良いのですが、洗うのも手間がかかるので怒れてしまいます。しかしこのお母さんは『一緒に洗おうね』と声をかけていました。おそらく洗うのも遊びの一つとして一緒に楽しくやろうと変換したのかなと、勝手に想像していました。こんな神対応ばかりしていられないのが子育ての現実ですが、感心してしまいました。見習いたいなと思います。
